<裁判員裁判>初の死刑破棄確定!?  裁判員制度、一般市民に負担を課して続ける必要なし!

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“死刑という究極の刑罰を前に、市民感覚と公平性のバランスをどう保つのか。死刑と無期懲役で1、2審の判断が分かれた2件の強盗殺人事件の裁判は、最高裁決定により死刑回避で決着した。死刑を選択した裁判員裁判の判決が否定されたことに、遺族は「何のための市民裁判か」と憤り、審理に当たった裁判員経験者は複雑な胸の内を明かした・・・”
と昨日の新聞記事で読みました。

 裁判員裁判で死刑と判断されたものを最高裁で破棄するなら、一般市民に負担を課してまでこのような制度を続ける必要があるのでしょうか?

そもそも「裁判員制度」なるものを始めた理由は何だったのでしょうか?

 “お勉強”ばかりして育ってきて、市民感情を理解しない裁判官が増えてしまい、あまりにも市民感覚とかけ離れていたので、一般市井(しせい)の感覚を少しでも取り入れようということではなかったのでしょうか?

 結局、最後のところで“司法ヅラ”振りかざすのなら、一般市民に負担を強いて裁判員制度など続ける必要は無いと思います。

 今回の決定を下した最高裁判事、次に衆議院選挙の時の国民審査で☓を付けたいものです。
 今回の判決(判断)をちゃんと経歴に書きなさい!

 もちろん、死刑というのは重い判断なので、軽々しく口にすべきで無いことは判っています。
 冤罪が疑われる事案では慎重に審理すべきです。

 しかし、今回無期懲役が確定した2人、強姦を繰り返したり、強盗・殺人・放火など酌量の余地は無いでしょ?

 まあ、死刑が確定していたとしても法務大臣がハンコを押さないので、100人以上も確定囚がムダ飯喰らってますが。

東京拘置所

東京拘置所

 特に、松本智津夫みたいなのが老衰や病気で死んだら嗤ってしまいますね。(日本の司法制度をという意味です)

 その点、谷垣禎一さんや鳩山邦夫さんは立派でした。
 お二人が法務大臣の時は“死刑制度に賛否両論はありますが、日本の法律で定められている以上”という姿勢で粛々と職務を遂行していましたから。

 以前、「死刑制度反対」の人権派を名乗る弁護士が、自分の身内を殺された途端、「死刑制度必要」に鞍替えしたという話を聞きました。

 愛する身内を殺されたら、犯人の極刑を求めるのは当然の心情です。

 私だって、もし万一身内を殺されたら、地の果てまでも追い詰めて殺してやりたくなるでしょう。
 

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